もう秋、揺れる黄色コスモス
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いつしか時は流れて、もう秋。
以下に書きとめることは、ひと夏に経験したことの一部のほぼ実録である。
1.ジャイアント馬場にボディスラムをされた
去る7月16日、これは確か父親の命日で、あの世から呼ばれたのではあるまいが、その日にとんでもない体験が私を待っていた。
高齢者の転倒事故は自宅内で起こることが多いと言われるが、見事にそれを証明した。天井に近い高さにある電気器具を、高所に上がって修理した。無事に修理したが、その次が無事ではなかった。足を踏み外して転落し床の上に背面から落ちた。強烈なボディスラムを喰らったような体験である。それもジャイアント馬場から力まかせに叩きつけられた如くであった。そう言えば、ジャイアント馬場は優しい人であったから、あの身長で二階からぶつけるようなボディスラムは実際にはしなかったのではないか。彼が相手にボディスラムをした場面は私の記憶にはないのだ。
とにかく私の体の背面は床にしたたかに叩きつけられた。そしてこの世のものとは思えない激痛が腰部に走って、身動きできなくなった。別棟に住む家族がやっと気づいて、近所の外科の開業医を呼んだが、この医者は、ぎっくり腰だからアリナミンを出しますとのたまった。これにはなんとも恐れ入った。そんなわけで、絶対に乗りたくなかった救急車に、ついに乗ることになり、A病院へと運ばれるにまかせた。そして救命救急外来の患者となった。
2.ヨード系造影剤の副作用とインフォームド・コンセントの重要性
ここから先は、ぎっくり腰だからアリナミンと言うような、おめでたい話ではない。悪夢のような現実であった。
ここで、まず新型コロナの抗原検査がおこなわれたのは当然のことである。結果は陰性であった。さて担ぎ込まれたのは、腰部を背面から打撲して、その部位の激痛を訴えている患者である。考えられるのは腰部の外科的損傷であるから、局部あたりのX線撮影をするところだが、これが棚上げである。採血検査がおこなわれて、炎症反応が認められた。また軽度の発熱もあった。高所からの転落後、自宅で喘ぎ、アリナミン医者に振り回されている間に、既に一昼夜以上の時間が経過していたから、炎症は起こる、多少の熱も出るだろうと私は思う。
ところが救急外来のAIのような感じの医者は、発熱やら炎症反応にこだわった。AI医者恐るべし。全身の血管造影検査をすると言い出した。何ゆえに、この状況でそんな検査なのか。また造影剤にはヨードが入っている。それが脳を含む全身の細胞に届く。したがって、全身の臓器に大小の副作用を起こしうる。この検査は必要性と副作用について、十分なIC(インフォームド・コンセント)に基づいて、慎重に実施されるべきものである。腰の激痛に耐えながらも、本人の私はその副作用についての疑問を口にした。するとAI医者は、「数千回に一回、ボソボソ」と言った。この間およそ数十秒。
この検査は同意書を必要とする重大なレベルの検査である。同意書は、患者側と病院側が交換し、さらに写しを第三者機構にも提出する必要があり、計三通作成される。本人の私は署名捺印どころではないので、待合室で待機していた医学に無知の家族が代わって署名捺印させられた。そして患者(家族)側が写しを受け取ることはなかった。造影剤は遂に体内に注入された。どんどん時間は経っていき、既に深夜で答えの出ない救急外来受診に疑問も湧き、私も家族もそれを口にした。何のために救急外来でこんな検査ですかと。そこでようやくAI医者は整形外科に連絡を取り、お出ましになった整形外科の当直医の主導で、腰部のCTなどのX線撮影が初めておこなわれた。その結果が腰部の骨の由々しいものであったことは言うまでもない。かくして私は整形外科の入院患者となる権利を得たのだった。
3.桃色看護師に会った
少し不謹慎な見出しをつけた。それにつられて読んでくださっているお方には、期待を裏切るが、私が書いていることは医学に尽きる。
整形外科的に大変な損傷を負った。だが、私は同時にヨード系造影剤の重い副作用に見舞われた。だからここでは、ヨード系造影剤の副作用を自ら体験した当事者として、またその体験に基づき、ヨードの副作用について検討する医師として、二重の視点から書いておきたい。
深夜の入院から明けて翌日、私は病室に来てくれた主治医と会話していた。いや会話していると思っていた。しかしふと気がつくと、目の前にいるはずの主治医はいない。看護師長さんが来てくれて会話していたつもりだったが、気づけば師長さんもいない。言わば白昼夢である。あ、これはまずい、造影剤の副作用か、譫妄状態にならなければいいが、と心配を覚えた。そしてその翌日から、憂慮した通りの事態になった。以前からかかりつけの呼吸器科からもらっていた薬が家の中にあったので、家族はそれをかき集めて、A病院に持参した。気管支喘息を有する私がもらった薬の中には、使用に注意を要するものもあった。入院のときに主治医はそのような持参薬にこだわった。医師である患者は、まあ病院にとって厄介で、構えた態度でマークされた。
そんな雰囲気の中で、私は夢幻的体験をしたから、その内容は病院の管理体制や職員さんたちの動きのことや、それらがデフォルメされたものとなり、それらは漠然とした恐怖に満ち満ちていた。入院患者の立場としては、排泄のことが非常に気になるもので、みっともないが、スカトロに関する悪夢的体験もした。自分のことを棚に上げて、看護詰め所の方から流れてきた汚水が病室を襲い、隣室に逃げようと私は暴挙を働いた。遂にはコロナウイルスが人類を破滅させて、日本にも終末の時がきた。私が体験した地獄の黙示録では、国中が糞尿のヘドロになっていた。時間的空間的に脈絡のない断片的な視覚像が、走馬灯のようにめぐりめぐった。日本の日付は今日であるが、地球上を走って、昨日の式典に参加してこいと、誰かが命令している。グーグル地図の上を走ろうとしても、呼吸器の病気持ちの私には、とても無理であった。
譫妄状態はおよそ二昼夜続いたが、ほとんど現実と非現実のあわいにいて、二重見当識が働き、かなりの部分を記憶している。白衣の天使である看護師さんたちの服装が、ピンク色に見えたのだが、これは譫妄が収まってから顕著になった症状である。職員さんたちが、コスプレのように頭上に光りもののついた髪飾りを載せているように見えたが、これも同様である。このような色覚の異常や錯視は、主に譫妄のピークが過ぎてからの体験で、これらは長く尾を引いて、三週間ほど続いたが、譫妄の名残として残っていた症状である可能性がある。逆に考えれば、譫妄の核にあったものかもしれない。自分自身は、視覚的に鋭敏であることを自覚しているが、その鋭敏さがヨード系造影剤の副作用の受け皿になってしまったのかもしれない。
4. 改めて、ヨード系造影剤の副作用について
この問題について、改めて整理をしておく。
A病院では、「CT検査における造影剤投与に関する説明書」というものが、患者宛てに渡されて、同意する場合はその末尾の欄に患者が署名捺印するようになっている。患者側のこちらは家族が代理署名したが、この説明書兼同意書の写しを受け取っていない。事が終わってからであるが、この説明書のコピーを整形外科の主治医がくれたので、説明書(A病院作成)の内容を読むことはできた。そこには、重篤な副作用として、呼吸困難、意識障害などが記載されており、さらにアレルギー体質者、さらに気管支喘息を有する者においては、副作用の発現率は約10倍になると明記されている。私はまさにその体質の該当者であり、事前にこれを説明されたら、このような検査を受けることなど、有り得なかった。
ヨード系造影剤の副作用については、知人の神経内科医に尋ねてみた。彼によれば、この副作用については、意識障害、譫妄、錯感覚などが知られており、私の症状の出現と経過からして、副作用であったと判断することは正しいと言う。いまひとり、解剖学・生理学の実験系の研究者の意見を聞いた。この先生は、サルにヨード系造影剤を入れる実験をしていて、副作用の発現には明らかに体質的個体差があり、したがってアレルギー体質の人は、ヨード系造影剤による検査は受けるべきではないとのことであった。世にアレルギー体質の人たちは多い。ヨード系造影剤を使用する検査は受けないように進言する。医療行為によって人の健康が害されることがある。自分の健康は自分で護らねばならないのだ。
ヨード系造影剤にはご注意を。