「森田正馬と森田療法」(拙稿)について

2021/09/11

メディカルレビュー社発行の「精神科臨床 Legato レガート」という雑誌があります。この雑誌の本年8月号(Vol.7/No.2)に、「森田正馬と森田療法」と題する拙稿を掲載して頂きました。「古典」という欄に収められたものですが、森田療法は古くて新しく生きているものです。この雑誌は、精神科の一般誌ですから、森田療法にあまりご関心がなかった先生方にも、関心を寄せていただけるようにと考えて、そんな語り口の文を書かせて頂きました。短い文章ですが、著作権はメディカルレビュー社に帰属しますので、このホームページを通じてお読み頂くことはできません。
別冊(抜き刷り)は多数手元にありますので、もしご関心の向きは、このホームページの通信欄からご一報下されば、お送りできます。

岸見勇美先生に―、散らない桜

2021/04/03


この桜は散りません


 
 

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  恥ずかしながら、私は何かにつけて、つい反応が遅れる困った人間です。嬉しいこと、悲しいこと、苦しいこと、内面では人一倍に感じ取りながら、反応を言動に表すのに時差が生じてしまうことがあります。精神科の仕事をしていた職業病的習い性もあるのかもしれませんが、いささか困ったものです。嬉しいときには、それを黙ってしみじみと感じるのです。もちろん相手には感謝の気持ちでいっぱいになりますが、行動的な表現が遅れたらいけないです。悲しいときはなおさらに、胸に秘め込んでしまいます。
 嬉しかった経験としては、もう数年も前に、拙著に対して、岸見勇美先生が、丁寧な書評を書いて送って下さったことがありました。森田療法の分野で著名な作家のあの岸見先生です。もちろん丁重にお礼は申し上げましたが、後から考えてみたら、頂いたそんな玉文を公的に出して皆様にお読み頂いてこそ、その文章が生かされたのだと気づきました。
 そんな鈍い頭で、今更ながら岸美先生から頂いた文章をここに皆様にご披露させて頂こうと思いつきました。
 岸美先生本当にありがとうございました。数年後の今、改めてお礼申し上げます。
 
 岸美先生の文章は、拙著『忘れられた森田療法』への書評です。
 以下にそれを出しますので、お読みいただけます。

 
 

 岸見先生の書評

謹賀新年(めでたくもあり、めでたくもなし)

2021/01/12




 

謹賀新年(めでたくもあり、めでたくもなし)


 
 新年のご挨拶が遅れました。
 謹賀新年、というわけですが、「正月や 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と一休禅師が言ったように、新しい年が来たことを喜んでばかりはいられません。
 
 こんな複雑な正月がくることを誰が予期しえただろうか。いや、予期できたはずだ。
 オリンピックの開催予定期が近づいてもギリギリまで開催の中止を決めず、日本の歯車は狂い始めていた。コロナが少し下火になったら、GO TO キャンペーンだ、レッツ ゴー ゴー と日本中で軽躁状態になり、油断した結果が第三波の到来となった。グローバル化したこの時代、手ごわいウイルスのパンデミックを地球全体の危機として捉えねばならない。南米やアフリカではどうなっているのだろう。
 もちろんわが国はわが国で、政府、自治体、国民こぞっての自覚ある対応が必要だ。自粛、自粛と二言目には自粛を言っている意味が私には分からなかった。それを言うなら、自覚だろうと。
 ウイルスが猖獗を極める状況下で、多くの人たちが直接間接に対応に追われ、尽力しあっている。その中でも、ウイルスに直接立ち向かうという点で、とくに厳しい役割を担っているのは医療現場である。コロナの診療第一線では医療従事者が献身的な努力をしてくれている。しかし、中にはそれぞれの事情があり、限界もあって、後ろ髪を引かれながら辞めていく医師や看護師もいる。それでも辞めないで仕事を続けているある看護師さんが、テレビのインタビューで語っていたのを聴いた。コロナ診療のため病院は赤字になって、そのため私たちのボーナスは減る。それでも私たちは税金を納めている。ところが一方では、GO TO キャンペーンで国の経済援助で観光旅行に行き、そこでコロナに感染して帰ってくる人もいる。日夜働き、観光旅行どころではない私たちは、そんな感染者も含むコロナ患者さんたちの治療に従事し続けているのです、と。レッツゴーゴーの観光キャンペーンを思いついた政治家かお役人は、一体何を考えていたのだろう。
 私はGOと聴くと、郷ひろみさんを連想する。郷ひろみさんの郷はレッツゴーのゴーから取ったのだそうであるが、GO TO キャンペーンでは郷ひろみさんも苦笑していたことだろう。場当たり的な思いつきを自粛し、常に自覚が求められているのは、政治をあずかっている人たちである。
 日本では今、終末感が漂ってもおかしくない時節にいる。ところが私たちはそれを否認して、無関心になっている。恐ろしいのはその無関心である。だが、やがて無関心ではどうにも済まなくなり、不安や恐怖が蔓延すると、人々はカルト宗教に引き込まれかねない。カルト集団の人たちは私たちの身近にいる。これもまた、要注意である。
 今年は、コロナに関連する社会問題のひとつとして、そんな心理的危機も起こりうるのではないだろうか。

仲間を求めています

2020/12/28




 
 コロナに明け、コロナに暮れた今年も、問題を残して終わろうとしています。
 そのため当研究所の活動も、少し停滞しておりました。自粛しながらの活動は、それなりに続けてはいますが、来年はコロナの状況を見据えながら、無理なく、より有効な方法を探って、研究活動を刷新していく必要を感じています。
 狭義の研究も重要ですが、それだけにとどまらず、さらなる自由な活動に目を向けたいと思います。
 森田療法に多少とも関心をお持ちの方は、知恵を貸してください。また仲間として実動面でも協力して下さいませんか。
 お問い合わせの向きは、通信フォームから、どうぞ。

『森田療法と熊本五高』(単行本)について

2020/08/05




 
 『森田療法と熊本五高』の本は、藤瀬教授が森田正馬の旧制五高時代の下宿先をお調べになった結果についての論文をはじめ、比嘉先生の論文、岡本の論文、その他多くの関係者の原稿が掲載されています。
 
 本書はアマゾンで購入できますが、意外に高価です。
 本の残部は、熊本大学の藤瀬教授、比嘉千賀先生、そして岡本のところに若干保存されています。入手ご希望の方は、ホームページの通信フォームよりご連絡くだされば、送料は当方負担、代金後払いでお送りします。
 定価は税込1320円。

住所移転完了のお知らせ

2020/04/28


<住所移転完了のお知らせ>
 
 
 以前より京都駅八条口近くのマンションに居を定めていた京都森田療法研究所は、本年になって、事情により転居を余儀なくされました。そして、今度は、新たに京都駅正面側の駅近のマンションに居を移すことになりました。引っ越しは、年度変わりのあわただしい時期、それも見えないウィルスが猛威を振るいだしていっこうに収まりがつかない、折しもそんな時期に当たりました。
 研究所主宰者は、湖国に住んでいます。「淡海の海 夕波千鳥汝が鳴けば 情もしのに古おもほゆ」(柿本人麻呂)。その淡海のくにです。森田正馬は入院患者に万葉集を読ませたことがありました。森田療法は、初期には万葉集とのかかわりがあったのです。
 「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」(これは蝉丸、「後撰集」)。京都駅の駅裏から駅表側へ。不要不急ならざる引っ越しのために、緊急事態宣言を知るも知らぬも逢坂の関を何度も行き来しました。これやこの淡海のくにも京のみやこも、悲壮感が漂っている春です。
 
 もちろん単なる地域だけの問題ではありません。全国において、医療をはじめとする様々な分野で皆さまがたが献身的な努力をしてくださっている姿に、森田療法の実践を見ます。そのお蔭で、やがて日本に、世界に、収束の春がきますことを。
 
 こんな時期ですが、当研究所は、新住所への移転がようやく完了しましたので、ここにお知らせ申し上げます。
 研究所の新しい住所、新しい電話・FAX番号は、以下のとおりです。
 
 〒600-8208
 京都市下京区小稲荷町85-11
 京都高倉ビル 202号
 
 電話・FAX 075-708-6614
 
<注記>
 電話(兼ファクス)の番号が変わりました。
 メールアドレスは変わりません。
 新しい場所は、京都駅正面側から、徒歩5分です。活動を共にして下さるかたがたのお越しをお待ちします。ただし今しばらくは互いに自粛してひきこもらねばなりませんので、追って記事を発信する予定です。
 皆さまの方からのご連絡は、「通信フォーム」からいつでもどうぞ。
 

京都森田療法研究所

主宰者 岡本重慶

住所移転のお知らせ

2020/04/03


<住所移転のお知らせ>
 
 
 京都森田療法研究所は、4月中頃をメドに京都市内の別の住所に移転する予定です。
 現在移転準備に取りかかっています。ホームページに表示している従来の住所は現在もなお使用中ですが、電話だけは工事の都合上、すでに一時的に不通となっています。
 メールは、ホームページの「通信フォーム」から送信してくだされば、いつでも着信するので、読むことができます。
 
 ところで、京都方面でも、新型コロナウイルスの状況が、急速に深刻さを増してきました。自治体から既に行動の自粛が要請されています。それに伴い、荷物の引っ越し作業(4月上旬を予定)が、もし遅延した場合、転居は中~下旬へとずれ込む可能性もあります。
 
 ともあれ、引っ越しが完了すれば、その時点で新住所や新電話番号などを公表致します。
 
 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。
 

クリニックではありません

2020/01/25


<クリニックではありません>
 
 当方は、クリニックではありません!
 診療を行うクリニックや心理カウンセリングを行う相談機関ではありません。
 
 当研究所の理念などは、ホームページの表紙にあたるページに明記している通りです。
 森田療法という優れた療法―というより生き方ですが―の意義とあり方に関心をお持ちの方々と、広い意味で、その研究上の交流をはかろうと意図しています。職種を問わず、同じ志しを有する方々と、日本中遠くても近くても、意見交換、情報交換をして、共に勉強しましょう、という提案をして、京都森田療法研究所という名のもとに、いわば研究交差点のような機能をしようとしています。それ以上でも、それ以下でもありません。
 
 これを書いているとき、たまたまブルガリアの心理学者からお手紙が届きました。
 台湾の方やフランスの方々とも交流があります。ヨーロッパは遠いですが、メールでのやりとりで、地球上の距離を越えて、かなり交流が可能です。そんな時代になりました。
 
 さて一方で、困る問題もありますので、ここに記しておきます。
 この研究所を森田療法のクリニックかカウンセリング機関とお間違えになる方も、一部にはいらっしゃるようなのです。京都地区で森田療法専門機関を探して、勘違いをなさるのかもしれませんが。
 
 受診機関を求めて、お困りのかたがたもいらっしゃることでしょう。そのようなかたがたのご不自由はお察しします。しかし京都地区も、森田療法の無医村ではないと思います。どうぞお間違えなきようにお願いします。ご本人様、ご家族様、また森田療法関係者のかたがたにお願いします。当方のホームページに明記している趣旨を正確にご理解下さい。そして早合点なさらないで下さい。
 ご理解のほどを、改めてお願いする次第です。
 

京都森田療法研究所

主宰者 岡本重慶

第37回日本森田療法学会・シンポジウムⅠ-3「仏教、禅の叡智と森田療法―『生老病死』の苦から『煩悩即菩提』へ―」の抄録

2019/10/08

   第37回日本森田療法学会が、10月5日、6日に浜松にて開催されました。10月5日に「森田療法成立100年、森田理論の再考」のシンポジウムが開催され、シンポジストの1人として、発表させて頂きました。発表内容については、追って「研究ノート」欄に全スライドと共に説明を添えて、提示します。
   なお、学会前の抄録集に出た、発表前の抄録があります。遅まきながら、以下にそれを掲載しておきます。
 
 

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   第37回日本森田療法学会
   シンポジウムⅠ-3 森田療法成立100年

   2019.10.5



   仏教、禅の叡智と森田療法
   ―「生老病死」の苦から「煩悩即菩提」へ―


 

   京都森田療法研究所
   岡本 重慶

 

   釈尊、親鸞、白隠はいずれも「生老病死」の苦による強迫観念に悩み、大疑の末に悟った神経質者であった―。仏教や禅と療法との深い関わりを示す森田の言説である。療法の成立百年になるこの機会に、苦や煩悩という課題を原点として療法が出来上がった流れを、仏教や禅の面から見直したい。 

   森田が幼少より親しんだ真言宗では、人間の煩悩を否定的に捉えない。そのような煩悩観を下地に、森田は「生の欲望」を肯定し、重視することになる。また井上円了の影響の下、仏教周辺の様々な民間の通俗療法に関心を持ち、破邪顕正を経てそこから自然良能を生かすことを学んだ。 

   神経衰弱については明治40年前後から外来診療を始め、催眠や説得や生活正規法 で工夫を凝らした。しかし強迫観念の治療に難渋し、明治42年の論文でそれを禅語の「繋驢橛」に喩え、煩悶者を解脱させるために宗教家の示教を切に希うと表明した。発作性神経症の予期恐怖に対しては、暗示的に庇護を保証して恐怖突入をさせ、無事の経過を見た後に「煩悩即菩提」を説諭した。森田自身が大学一年の試験時に必死で猛勉強をしたら症状は起こらず好成績を得た体験が前提にあった。だが、かかる「煩悩即菩提」は煩悩から菩提へという二元論の域を出ない。入院療法は大正8年に神経衰弱の永松婦長を自宅に泊めて家事をさせたことを発端とするが、難治の不潔恐怖の谷田部夫人と森田の迫真の対決が、双方にとり「煩悩即菩提」の本物の体験となった。かくして入院第一期で苦悩と一体化する絶対臥褥が一層重要性を帯びていく。療法の本旨「事実唯真」の語の典拠には諸説あるが、これは真言宗の言葉「即事而真」(事実が即ち真実、の意)の言い換えであろう。 

   禅僧との出会いとして、明治43年の両忘会の釈宗活老師への参禅や、大正8年に慈恵医専を卒業した教え子の禅僧、宇佐玄雄との交流がある。森田は療法名として、宇佐が提案した「自覚療法」を肯定的に受けとめた。参禅体験や宇佐との関係の詳細は当日に譲る。一方真宗との関係も深い。行者の「はからい」を去り他力に任せる「自然法爾」や「不断煩悩得涅槃」の教えは森田療法に通じる。なお倉田百三は、患者の立場から親鸞の『歎異抄』のみならず道元の『正法眼蔵』の思想をも鼓吹した点で注目される。総じて顧みれば、仏教や森田療法は苦や煩悩を生き抜く「ネガティブ・ケイパビリティ」の叡智そのものであり、今後もそれが生かされることを望んでやまない。 

森田療法成立100年にかかわる学会シンポジウム

2019/08/28

  2019年の今年は、森田療法成立100年に当ります。
  第37回日本森田療法学会(2019年10月5日,6日 浜松)で森田療法成立100年にかかわるシンポジウムが設けられ、そこで、仏教や禅と森田療法の関係とその流れについて、発表させて頂く予定です。
 
  学会プログラムへのリンクをつけておきます。
 
http://www.pw-co.jp/jsmt2019/files/program.pdf
 
 

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