「森田療法の行方」(令和8年の年頭のご挨拶として)

2026/01/04

 

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「森田療法の行方」(令和8年の年頭のご挨拶として)

 
 謹賀新年
 
 この午年の2026年が、皆様にとりまして幸多き年でありますよう祈念いたします。
 
 正真正銘の馬のような名前をつけられた森田正馬先生は、才能を秘めた駿馬でしたが、駄馬の一面も有し、駄馬としてひたすら生きることを人々に示されました。そして「努力即幸福」とおっしゃったのです。駄馬もまたよし。こけて、歩いて、また走る。駄馬こそ駿馬なのです。
 

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 京都森田療法研究所は、京都市内に小さな研究所として設立されて、独自の活動をしていましたが、コロナ禍以後、事務所は大津市内の琵琶湖畔にある主宰者宅に移転しました。京都森田療法研究所としての活動は、ささやかながら独自に続けています。
 本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
 

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 森田療法の外来化が進んでいます。父性的な治療者がいた入院森田療法は、姿を消しつつあります。外来中心になるとともに、森田理論が重視されて、相対的に頭でっかちとなり、理論を超えた理屈のない治療者と患者の人間同士の関係の味が捨象されていきます。森田理論さえあれば、何でも森田になりかねません。
尤も、入院森田療法においてそうであったごとく、父権的な偉大な治療者がいて、その人に服従するのが、真の森田療法だったのだと言えるとは限りません。そのような強烈な人間関係の中に本当の森田療法の味わいはないように思います。
 森田療法は万人の生き方の中にある。名もなく貧しく、ひっそりと、必死に生き続けている人たちの人生にこそ森田療法的なものを感じます。そのような生活者たちの生き方に、森田療法の真髄が見えるのです。

 今一度言います。さて森田療法はどこにあるのか。森田療法というものは、どこにもないし、どこにでもある。私はそう思っています。
 かつて私は、自著の中に、次のように書いたことがありました(『忘れられた森田療法』61ページ、創元社、2015)。
 
 「森田療法は、森田療法という療法名すら無用のアノニムな生き方として、アノニムな生活者の中に生き続けるでしょう。森田療法の真髄とは、元々そんなものではなかったかと思います。」
 
 かくして、森田療法は人びとの喜怒哀楽とともに、四苦八苦を体験するあるがままの生活の中に生き続けるでしょう。では、従来の森田療法の行方は? 外来森田療法や、ほぼ消え去った入院森田療法さえも、その真贋を問われて然るべきです。特殊な理論や教条は要らない。権威者や森田療法専門家もほぼ要らない。2026年は、森田療法に固執する森田療法に、いざさらばの幕開けの年かもしれません。
 

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 それでは、改めて京都森田療法研究所を本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

令和8年元旦
 
京都森田療法研究所
主宰者  岡本重慶
研究員    一同
協力者    一同