「あるがまま」と「真如」― 森田療法の中の仏教的神秘―

2020/10/14


若葉の顔

かつて三聖病院の作業室に掛けられていた木板の作品



 

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 現在、「研究ノート」欄に、「森田療法における重要な仏教的用語について―「あるがまま」― 」を連載しています。早くもその更新が遅れがちですが、詳しくはいずれ、そちらをご覧頂くとして、遅れの埋め合わせに、ここにはスピンオフ的な記事を出して、話題提供とします。

 

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「あるがまま」と「真如」― 森田療法の中の仏教的神秘―


 
1.明治の仏教哲学と森田療法
 
 森田正馬は、明治期の仏教や仏教哲学に関心を持ち、その影響を受けていた。中学時代より真言宗を勉強していた森田は、旧制五高時代より読書の幅を広げ、その後も仏教や哲学への関心を一層深めている。
 ところで、わが国の明治期における仏教哲学の代表的な思想家は、井上哲次郎や井上円了らで、彼らの思想は大乗仏教につながっており、とくに『大乗起信論』の「真如」の思想を重視するものであった。それにしても、「真如」は難解であった。

 明治17年に、井上哲次郎は、日本最初の哲学辞典『哲学字彙』を出している(有賀長雄と合著)。この辞典は、見出しを外国語として、それに対応する日本語を当てたものだが、この辞典の中に、説明語群の中で「真如」の語が出ている項目がある。
 それは、外国語見出し“Reality”の説明として―、 「 実体、真如 按、起信論、当知一切法不可説、不可念、故名為真如。」とある。
つまり“Reality”(注:“リアリチィ”と読んでいた)の説明として、「実体」や「真如」と記され、(次の「按」は「参照」の意味)、さらに、起信論の、有名な一節が引用されているのである。つまり「真如」は「実体」と同義に捉えられていたことがわかる。これはまた「法」とも同義なのである。このように説明されても、「真如」は分かりにくい。
 


 

 井上哲次郎らによる日本最初の哲学辞典『哲学字彙』の背表紙(左)と、その中にある “ Reality “の見出し語に対する説明 


 
 

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 森田は、五高生時代に「大乗起信論講義」を聴きに出かけたこともあり、また井上円了の著作を熱心に読んでいた。しかし、ただそれだけをもって、森田が「大乗起信論」の「真如」の思想に深入りして、そして「真如」に相当する言葉である「あるがまま」を療法に取り入れるようになった、と言えば速断になろう。森田の著作や言葉を見直しても、「真如」への思い入れを読み取ることは困難である。合理的なものの考え方を好んだ森田にとって、『大乗起信論』における「真如」は、少なくとも自身の思想の中核をなすものとはなり得なかった。
 
 ちなみに、唯心的形而上学に対する森田の評価を示した色紙がある。
 
 「唯心的形而上学とは遂に目醒の前の朦朧状態に外ならず 自然神学は即ち人類の目醒めなり」

昭和二年十二月       森田正馬       

 
 では、「真如」は森田療法と接点をなすことはなかったのであろうか。
 黒馬(ダークホース)は意外なところから現れた。
 宇佐玄雄である。




 

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2.宇佐玄雄の『説得療法』「序」に見る『大乗起信論』に通じる思想
 
 宇佐玄雄の著書『説得療法』が、昭和11年に刊行された。この本の「序」には、宇佐自身が神経質の治療について、書き出している格調高い一文がある。これは、一読して「大乗起信論」のさわりの箇所を彷彿させる文章である。
その宇佐の「序」の最初の2、3行を引用する。
 
 「神経質の治療は、元と是れ法にあらず、術にあらず、その治療は畢竟、体得、諦悟にありて、説くべきの文字なく、諭すべきの言句なし。強いて言はんか、不問、不説の法あるのみ。」

宇佐玄雄『説得療法』序       

 
 参考までに、部分的な対比のため、「大乗起信論」の第三段・解釈分、第一章・顕示正義、第一節・心真如門の、さわりの部分の文章を読み下しで、出しておく。
 
 「当(まさ)に知るべし、一切の法は説くべからず、念ずべからざるが故に、名づけて真如と為すのみ」(『哲学字彙』の“Reality”の項に出ている文章に同じ)
 
 ところが、うかつにも、ここまで書いた時点で、私は宇佐晋一先生が近著の『あるがままの生活』(この後でふれる)の中で、玄雄が『説得療法』の序文に書いている文語文のいわれについて述べておられることに気づいた。晋一先生によると、玄雄は『維摩経』の文を引用していると言う。
 しかし玄雄の書いた文を『維摩経』に照らしても、一致するものは出てこない。
 それに晋一先生は、「無言無説の法」が『維摩経』と一致するキーワードのように書いておられるのだが、玄雄の文章に出てくるのは、「不問不説の法」である。
 こうして、『維摩経』引用説は行き詰まり、私の判断はやはり、『大乗起信論』の文章との類似に戻ってしまう。
 この件、晋一先生に問い合わせ中だが、玄雄先生が維摩居士のように、むっつりを決め込むことはなかったのではあるまいか。むしろ、黙は晋一先生向きである。
 
 

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 さて、宇佐玄雄の日常の講話における語り口は、本の「序」に掲げられているような文章とまた異なり、庶民的でくだけた話し方であった。昭和の戦後の、ある日の講話が録音されていた音声資料があるので、一部のみ、それを再生できるようにしておく。それは「あるがまま」について述べているくだりであるが、思いがけなく、説明の言葉を多く添えておられるので、少し驚きを覚える。
 
宇佐玄雄講話「あるがまま」について
 

 
 
 

 

宇佐玄雄著『説得療法』の「序」(左)と扉(右) 

 

3.宇佐晋一先生の宇佐療法における「真如」
 
 宇佐玄雄と二世の晋一先生は、長年にわたり講話録や著作を何点も世に出してこられた。しかし、それらは、絶版になっていたので、最近晋一先生が改めてその全部を2冊の本に再編して、刊行なさったばかりである。
『あるがままの世界 THE WORLD AS IT IS』、『あるがままの生活 THE LIFE AS IT IS』の2冊である。三聖病院は「あるがまま」の本家なので、当然ではあるが、時ならぬ「あるがまま」ブームの到来である。
 宇佐晋一先生は、『あるがままの生活』の中で、昨年の日本森田療法学会に出席なさった感想などを、新たに評論として書き加えられた。
 
 そこに慨嘆して書いておられることがある。それは「あるがまま」についてで、「あるがまま」は意識状態であり、考えや考え方ではなく、“考えでないあるがまま”の療法であるのに、それが見当たらなくなってしまったと危惧の表明をなさっているのである。
 
 指摘の矛先は、昨年の学会のシンポジストのひとり、東急病院の伊藤克人先生の論旨に向かい、「森田療法における『あるがまま』は、治療理論の根底をなす考え方である」とする捉え方に対する痛烈な批判となった。三聖病院の森田療法を経験して、「あるがまま」を学んだ私は、いつしか自分が宇佐式になっていることに気づくほどなので、伊藤先生に対しては、重要なものを失っておられると私も思う。 一方、原理的な宇佐式のリスクにも気づいている自分がいる。今多くを書けないが、「あるがまま」について、こうして宇佐先生から批判される人たちとの間にできるギャップをどう埋めるか、という配慮性を伴う必要があると思う。
 
 もうなくなったが、記憶には新しい三聖病院の建物の中には、「如」や「如如真」の文字が掲げられていた。治療者との会話が断たれた絶対不問の治療環境のシンボルのような「如如真」であった。
 そのまま、そのままで過ぎていき、あるとき病院は終焉を迎えたのだった。それが宇佐式「真如」であった。